人生のハンドルを握って、心の底から幸せな人生を歩むようになるまでの半生をお伝えします。

  

  

  

幸せになる方法

「自分の価値がわからない・・・。」

「20代でこんなにがんばっても幸せになれないなら、

この先の人生はどうなってしまうんだろう。」

「どうして、みんな

楽しそうな人生を歩めているんだろう・・・。」

  

・・・私が本気で親との関係を見直すことにしたときは、

そんな苦しい感情でいっぱいの時でした。

  

   

  

はじめまして。

毒親育ちから目を醒まして、

心の底から幸せな人生を手に入れた

管理人 すーずです。

  

今回はこのブログ『毒親育ちは目を醒ます』の運営者である

管理人 すーずの半生をふりかえりつつ、

毒親育ちを卒業した理由、

心の底から幸せな人生を

歩めるようになった経緯などを書いてみたいと思います。

(自分のことを語るのは苦手なので、拙い文章になってごめんなさい!)

  

  

けっこうな長文ですし、

被害者意識もたくさんあるので、

興味のない方はスルーしていただければと思います。

  

  

  

すーずのことをもっと知りたいっ♪

将来私も、世界の中心から幸せをさけびたい!

…という幸せハンターの方は読んでくださると嬉しいです(*^^*)

 

  

  

  

すーずとはどんな人間?

プロフィール

  

改めまして、管理人 すーずです。

夫が大好きです。

現在、1才の男の子のお母さんをしています。

なんでか知らないですが、一時期、

千と千尋の神隠しの千尋に似ているとよく言われました(笑)

  

  

私はいま現在『毒親育ちは目を醒ます』のブログ運営と

昔からのご縁がある方のみ、

メンタルコンサルのお仕事をしています。

メンタルコンサルは、基本は育休中です。

  

   

顔や本名は厳密に隠しているわけではないのですが、

偶然、ママ友で過去のブログを

読んでくれていた人がちらほらいて・・・。

  

潜在意識とか怪しい話もあるので、

少し子育てのしにくさを感じて、今はいちおう内緒にしてます(*^^*)

  

  

   

本業はお母さん、副業はメンタルトレーナー

  

お母さん

すーずは本業はお母さんで、

とある町の公園で毎日遊んでいます。

  

元々は、精神科の病院に勤務。

9年間13万件の方に関わり、心のリハビリを行っていました。

  

頭の中で声がしたりする

統合失調症、発達障害、うつ病などの気分障害、認知症など・・・。

  

少し大きい病院に、

少しプライベート優先な先輩たちと勤めていたおかげで、

普通ではありえないペースで

たくさんの患者様と関わらせて頂きました。

  

  

そこで得たたくさんの経験と、

自分自身が毒親から卒業して

幸せになるためにした試行錯誤を元に起業。

  

潜在意識とか引き寄せとかを

ベースにしたメンタルトレーナーとして

自分のことを愛して、

幸せな人生を歩むお手伝いをしていました・・・が。

大切な息子を出産。

  

  

自分自身が、

毒親育ちであることに危惧したのと、

産後まもなく世界中に広がったコロナ感染症で

大変な思いをしている医療従事者の夫のことを考え、

極力子育てに専念できる環境をつくることを決意。

  

  

子供が生後半年以降は、

特別なご縁でのお仕事以外は

お断りをしています。

  

  

人生のどん底で自殺も考えていた日々

  

死にたい

今では大好きな夫がいて、大切な息子もいて。

お仕事も、

大好きなことを自分の人生に

合わせてできる幸せものな私ですが・・・。

冒頭にも書いた通り20代までは人生のどん底に沈んでいました。

  

  

とにかく、自分責めが得意て、

自分を大切にするという感覚もイマイチ。

がんばって、がんばって、

何とか生きていた私は

いつも心が溺れているような感覚でした。  

  

  

一言でいえば、

いつも一人でシャカリキになっている状態。

しかも、無駄にプライドが高くなんだか偉そう。

   

   

当然ながら、いつも

すごいねと認めてくれる人の数以上に、

怖い、

あんな言い方しなくてもいい、

感じ悪い

と陰口をたたかれるような人間関係を築いていました。

  

   

しかし、恋愛依存だった私は

とりあえず彼氏は途切れなかったし、

いつも親友はちゃんといたこと。

  

完ぺき主義のお陰で

それなりに結果を出すことをできたため、

「別にお前らなんかに認められなくていい、無能が!」

くらいの態度を隠さずにまき散らかしていました。

   

   

しかし、私が29歳に毒親育ちを卒業し、

心から幸せを実感したい!

と決意するようになったころには、

  

今まで順調だった恋愛の歯車がおかしくなった。

身体が悲鳴をあげて、

 早朝になると胃痛で目を覚ますように。

職場の人たちに対するいら立ちがあふれ、

 怖いと後輩から面を切って言われる。

   

すべてが嫌だ、もう逃げたい…」と心を追い詰めていきました。

  

  

逃げたくなる現実と比例して心の中も、

仕事で集中している時以外

いつも不安が襲ってくるし、

  

自分って、なんでこんなダメなんだろうとか、

今考えると尋常じゃないくらい自分責めが止まらない。

  

誰かに自分の言動を否定されると、

自分自身を根本から否定されたような気持ちになる。

   

  

その日を生きるのに精一杯でした。

毎日毎日どうしようもない不安と

イライラと悲しみに襲われながら、

心と身体がすり減っていくのをただじっと耐えていく・・・。

  

あのままだったら私はたぶん、

いつか自らの命を絶っていたと思います。

  

  

  

   

人生のどん底から救ってくれたのは毒親育ちを卒業することだった

  

毒親育ち

でも結果的に私は自らの命を絶つことなく、

現実もこじらせることなく、

今、毎日幸せに生きています。

  

  

もちろん、今まで仕事三昧だった私が、

育児一本の生活をすることで、

不安や辛いことはゼロではありませんし、

定期的には夫に泣きついています(*´Д`)

コロナ禍での育児は、簡単に孤立しますしね・・・。

  

  

しかし今の私には、

自分の力で自分の未来を切り拓き、

自分の手で幸せを積み重ねていけるという

自負と自信があるので、

今の私に持てる愛情を

夫と息子に注ぐ毎日を過ごしています。

  

  

言うまでもなく、

私の人生を救ってくれたのは

“毒親育ちを卒業したこと”です。

毒親育ちを卒業したことで

私の人生は180度変わりました。

  

  

いつも心が安定して、

見える景色や考え方も劇的に変わりました。

いつも自分の人生を

自分で選んでいる感覚があります。

  

  

でも私はもともと

特別な才能を持っていたわけでもなく、

ネグレクト家族に育った、

ただのこじらせ人間だったんですよね。

自分でも笑っちゃうくらい面倒くさいひとなんです。

  

  

…何が言いたいかと言うと、

人間というのは短期間で劇的に変われるということ。

  

  

だから、いまこの記事を読んでくれている

あなただって変われるはずなんです。

  

私はそれを手助けするために、

かつての私のような

人生に絶望する人間を1人でも多く救うために、

この『毒親育ちは目を醒ます』を書き続けています。

  

  

   

管理人 すーずの半生

  

そういえば半生を振り返る!

とか言ってぜんぜん振り返っていなかったので下記に書いておきますね。

   

出生から小学生までのすーず

すーずは1985年に東京で生まれました

ただし0歳のうちに奈良に引っ越したので、

幼少期は奈良県で過ごしています。

  

父親は会社員。

母親は専業主婦。

2人兄弟の末っ子で、3つ上の兄がいます。

兄とはほとんど連絡取ってないですし会っていません。

家族仲が悪いわけではなく、関心がないだけです。

関心がないことを自分に許しました(*^^*)

  

  

私の幼少期は

残念ながらネグレクト家族が既に暴走しています。

私の母親は兄弟差別を猛烈にする毒親でした。

  

兄のことは、本当にかわいがり、

期待し、学校に対しても、モン母でした。

対して、私のことは幼稚園に上がるころには、

朝ご飯を作ってくれなくなっていました。

  

Xmasも、幼稚園の友達は、

プレゼントをもらうのに、私だけこない。

「お母さんはサンタクロースをやりません」

と一言、言われたのを今でも覚えています。

 

  

そして、10歳になったころには、

私の名前がわからなくなり、

1年に1度しか会わない

母の妹や姪の名前で呼ばれるように。

  

食事も母が用意するとつくってもらえないので、

自分で家事全般をするようになりました。

  

当然、クラスや出席番号なんて覚えていませんから、

小学校の提出するプリントは、

いつも私が自分で書いてました。

  

  

悲しいことに、誕生日も当然覚えられていないので、

兄は誕生日パーティーがあるのに、私は何もない一日。

  

一度、うらやましくなって

誕生日パーティーを自分で企画してやろうとしたら、

もみ消されてしまいました。

  

  

ひどいでしょう?

今なら、ひどいよねって言えるんですが、

私にとっては当たり前の毎日だったので、

当時は、なんとなく

我慢して寂しいくらいに思っていました。

   

  

   

全ての大人に絶望した中学・高校時代

  

自分責め

中学生になると、だんだん周りのお家と、

自分の家の違いを客観的に見れるようになります。

  

  

私からすると暴言のようなことを

親子間で笑顔で話せる友達家族。

学校の話をいつも友達から聞いて、把握しているお母さん。

生理用品やブラジャーをお母さんと相談して買っている友達。

・・・私には全て衝撃でした。

  

  

同時にこの時、溺愛されて育った兄は、

生徒会や部活の部長。成績優秀。

多くの先生に期待されて育っていました。

  

  

私は、決してバカではありませんでしたが、

学校のいろんな先生に「〇〇の妹なのにな。」と

勝手に期待され、落胆される。

  

  

部活では、先輩に気に入られた私をねたんだ同級生から

レベルの低いいじめが勃発。

  

部活も、学校も嫌になって、

部活をやめたいと母親に言ったら

「そんな恥ずかしいことしないで」の一言。

  

  

これらの出来事を中学に進学した

半年で一気に受け止めました。

そして、私は

親から全く愛されていないという事実を受け入れたんです。

  

  

優秀な人間だけを愛する親・先生。 

それに該当しない私は、価値がないんだ。

私は、何も魅力がない人間なんだ。

がんばっているかではなく、

自分に都合のいい人だけを大人は受け入れるんだ。

  

  

その考えを、ただただ受け入れることをしたのです

(これは、今でも真実だと思ってます)

  

  

当然、その考えを受け入れることは

心も体も蝕みました。

  

肩、背中は常にバキバキで痛みがあり、

1人になると過呼吸が止まらない。

勝手に涙が出ることも。

肌はいつもニキビが出て、汚い。

  

  

この時からの口癖は

「みんなみんな死ねばいいのに。」

  

周りの大人が、

反抗期というような言動をとることで、

なんとか自分を保つようになりました。

  

  

それが、更に学校の先生から嫌われて、

問題児扱いになり、

親からもさらに関心の対象として外れていったのです。

  

  

大学デビュー。自分の価値を創り上げることに必死の毎日。

大学デビュー

これは私の自慢なんですが、

私は非常に「人運」がいいんです。

  

  

毒親育ち、毒先生育ちはとても苦しかったですが、

いつも親友と呼べる人がいて、

なんだかんだ彼氏もいました。

そして、叔母が私の育ての親のように関わってくれました。

  

  

そのため、なんとか高校も中退せず、

医療系の大学に進学し、一人暮らしを始めました。

  

  

仕送りがない状態で、

毎日何かしらの試験があるような大学生活は

本当に苦しかったのですが、

今までの友達や大学の親友が、

そんな私を応援してくれ、

「すーずがやっていることはいつも正しいよ!」

と言ってくれた言葉を支えに、

目の前のことを必死でやって、

自分の価値を必死で発掘しようとしていました。

  

  

今までは何をしても、毒母に

「やってみれば?絶対できないと思うけど」と

否定されてきた毎日が、

1人暮らしのお陰でなくなったのです。

  

  

18歳で同棲していたことや

パチンコやコンパニオンなどのバイトしていることに

同級生からは白い目で見られましたが、

変わりに同棲していた彼氏や

親友にいつも賛美の声をかけてもらえる。

  

  

大学の先生には、

相変わらず厄介者として扱われましたが、

多くの学生が落とす試験をクリアーし、高評価をもらえる。

  

  

バイトをすれば、

怖いと言ってくるパートや社員はいましたが、

よく働いていたことで、

バイトメンバーの中心として評価してもらえる。

  

  

・・・それが嬉しくて、嬉しくて、

周りから評価される自分を見つけては

「私には価値がある」と

すがるように自分に言うようになっていました。

  

  

 

就職。ハリボテの私の価値が壊れる?

  

苦しい

自分の今までの人生に価値を見出したい、

死ぬときは、

毒親に育てられたことを感謝できる自分になりたい、

そんな気持ちで精神科の病院に就職をしました。

  

  

正直、初めの3年間はボロクソでした。

大学4年間の間に培われたハリボテの自己有能感。

  

このおかげで、

自分に対する無価値観はずいぶん軽減をしていましたが、

周りの評価で築き上げた自己有能感は、一夜城のようなもの。

  

  

もともとの根っこにあるべき愛情や、

自己肯定感が全くない状態で、

自己有能感だけ積み重ねた私は、

冒頭で言ったような

プライドが高く、

面倒くさい女になっていたのです。

  

 

仕事ができない先輩たちにいら立ちを覚え、

私がやればいいんでしょ!!っと身を粉にして働く。

 

一言で言うと、

自分にも他人にも厳しい・・・。

  

  

しかも、その働き方のお陰で

多くの患者様が好転したものだから、

余計にその考え方に拍車がかかる・・・。

  

  

先輩たちの仕事のスタンスにむかつく。

むかついている自分に罪悪感を感じる。

正しさですべてを判断しているから、

自分責めも止まらなくなる・・・。

  

  

そんな思考がまたもや身体を攻撃して・・・ 

皮膚炎が体中にできて、いつも長袖。

胃薬が手放せなくなったくらい、頻繁に起こる胃炎。

  

  

この時は、本当に心が怒りと自分責めであふれかえって、

ストレスとの向き合い方ばかり考えていました。

  

  

  

他人責めと自分責めがまねいた地獄

 

怒り

私は、どんな占いをしても必ず、

「真面目」とでます。

  

真面目って、辞書を引くと

1 真剣な顔や目をうそやいいかげんなところがなく、真剣であること。

 本気であること。また、そのさま。

2  真心のあること。誠実であること。また、そのさま。

と出ます。

  

  

日常会話では、

融通の利かない人・・・

のような扱われ方をすることが多いですが、

誠実で、目の前のことに真剣に取り組むひとのこと。

  

  

そう、目の前のことに、

イチイチ心を開いて取り組む傾向があるんです。

もっと簡単に言うと、

目の前の人を大切に想いすぎる。

  

  

なので、なにかトラブルがあったときに、

それが周りの人の課題でも、

自分の課題のように背負ってしまい、

苦しみやすい傾向が潜在意識レベルであります。

(よくいえば、優しい人ですね)

  

さらに、毒親育ちによっても、

自己と他己の境界線が壊れている・・・。

  

  

なので、ちょっとした

小さい失敗や課題が見つかるたびに、

恐ろしい程、

自分のことを責め、

他人のことを責める・・・。

それを恐ろしい勢いで積み重ねていきました。

  

  

その結果なくなるのは、ゆとり。

良い出来事は、「間」がある人だけが受け取れます。

  

それに対して当時の私は

いつも、責めるエネルギーを出しているわ、

「間」が全く無いという状態。

私の現実は、急速に悪化しました。

  

  

職場では、一部のアンチがイチイチ攻撃してくる。

(仕事が暇な人たち限定で、

 管理職は皆理解してくれましたが)

  

体調不良が極まって、

食事ができなくなったり、

睡眠がとれなくなる。

患者様から心配されるレベルに・・・。

  

彼氏はすぐできるけど、

3ヵ月くらいで別れることが3人続く。

しかも、全員音信不通になる。

  

   

正直に地獄でした。

職場ではがんばれば、がんばるほど

攻撃してくるアホがいるし、

体調不良にも関わらず、

他の先輩の3倍の件数の仕事量。

   

恋愛は下手に自信があったことや、

28歳の時だったので、

周りの結婚・出産ラッシュで余計落ち込む・・・。

  

 

このとき、あんまりにも辛くて、

隙あらば、携帯で自殺の方法を調べるようになっていました。

 

  

本気で遺書も書いていました。

家族と職場と大家さんに。

  

年末年始休みに決行しようと思い、

抱えていた仕事を

休日出勤して終わらせる段取りも始めたんです。

  

  

   

私の人生これで終わっていいの!?

  

幸せになる方法

  

忘れもしません、2014年12月30日。

  

自殺予定日の前日の夜のことです。

いつも通り、自殺関係のネットサーフィンをしていたはずが、

自分の人生をコントロールする方法を

伝えているブログに飛んでいました。

  

  

今の人生は自分の心が映し出されているから、

今がどんなに辛くても、

心の在り方で未来は変えられるという趣旨でした。

  

  

私は、精神科に勤めるものとして、

学問的に潜在意識のことを学んでいました。

精神分析学は、卒論でも利用しました。

  

なので、潜在意識を利用して、

患者様の心のリハビリをすることはあったんですが、

それを自分に利用する

ということを考えたことがなかったんです。

  

  

手前みそですが、

私が担当した患者様は本当に

症状が改善する方が多くいたので、

ちょっと潜在意識の扱いには自信があったんですね。

  

  

・・・そのときです。

今まで散々心の中を

「死にたい」という言葉が占めていたんですが、

私の本音がムクムクと湧き上がってきました。

  

  

私はまだ、死にたくない!

こんな自分の不幸を親のせいにしたり、

他人のせいにする人生のまま

終わるなんてダサすぎる・・・!!! 

最後に1年間、

ガムシャラに自分の幸せのためにがんばってみたい!!!

  

  

  

そう思って、自分の人生のハンドルを握ることを決意したんです。

  

  

  

引き寄せ、スピリチュアルなんでもOK。爆発的な成長

  

幸せになる方法

結論から言って、

私の最後の一年間は大成功しました。

  

今までの精神科での経験を踏まえ、

私自身にリハビリ計画を作成したんです。

こんなかんじでした(*^^*)

  

  

ゴール 親に囚われないで、

    自分の人生を「幸せだー」と叫べるようになる

    ありのままで世界を楽しみ、創り上げる覚悟を持っている私になる

  

プラン 

① アダルトチャイルドのワークをして、自分と親を切り離す

② 自分の感情・思考を全て把握する

③ 自分の感情のデトックスをする

④ 自分が何を好きなのかを知る

⑤ 自分の未来のために行動する

⑥ 自分の思考をいつも受け入れるようにする

⑦ 自分を愛するということを徹底する

  

  

当時、錯乱していた割には、

今振り返ってもいい感じだと思います(笑)

  

  

これらを達成するために、

いろーーんな講座を受けました。

目的を達成できるなら、

手段はなんでもやってみよう!と決めていたんです。

  

   

自分の思考を把握するための方法を模索している時に、

「引き寄せの法則」というものも知りました。

  

変な言い方ですが、

怪しくない潜在意識の法則だけでなく、

怪しい潜在意識の法則もどんどん取り入れました。

  

  

自分が好きなのモノがなにかがわからなくて、

動物占い、

数秘術や姓名判断も習ったし、

定期的に苦しくなって、

スピ系のカウンセリングも受けたりしましたね。

  

  

メンタル以外でも、

人に何か誘われたらなんでもやってみることにして、

テニス部やマラソン大会にでたり、

バスケや登山もやりました。

  

  

ちょっとご縁があったので、

会える限り億万長者のパーティーに参加してみたり、

芸能人にも会ってみました。

  

  

毎日やることは

全部自信を持てるようになろうと決めて、

食事やメイク、ファッション、

整理整頓も一通りしっかり学びました。

  

  

副業をしてみたり、

ネットワークビジネスのグループにも入ってみました。

   

  

・・・やるだけやってみて、すぐやめたものも沢山あります。

でも、それらの行動をやりまくった結果、

始めた半年後には、

かなりの現実が変わっていました。

  

  

職場ではアンチだった人たちが、

一緒に働けて嬉しい

本当にお世話になりました。

と言いはじめたんです。

  

昇進もして、

すーずの部下になれたことは幸運だ!

といってくれる仲間もできました。

   

   

体調も気が付けば胃薬が不要になり、

皮膚も周りの人に

化粧品なに?と聞いてもらえるように。

  

  

恋愛ではだいたい、

初対面の人に

「結婚してるんでしょー?」と言われ、

たくさんのアプローチをもらうようになっていました。

  

  

メンタルでも、

自分がどういう人間で、

どう在りたいか、が腑に落ちるようになり、

  

今まで、ちょっとした批判も怖かったのが、

聞くべきことと、

そうではないものをわかるようになったので、

余裕が産まれました。

  

  

さらに・・・。

今まで毛ほども私に興味のなかった毒母が、

急に私の名前を間違えなくなり、

誕生日にお祝いの言葉をくれ、

親戚の前で私のことをべた褒めするようにもなったんです。

  

  

更に1年後には、

私はありのままで価値があるんだ。

生きているだけで価値があるんだ。

そのように心から思うことができるようになりました。

  

  

なんというか、世界から雑音がなくなったんです。

あれだけ私の心を支配していた

怒り、

悲しみ、

不安、

自分責め。

  

 

それらは、うんと小さくなっていました。

心の中が凪のようになったんです。

   

  

幸せになると、

大きな幸福や

感謝があふれるんだと思っていたんですが、

違いました。

静かな海がただただ、心にあるんです。

  

  

もちろん、一生懸命生きているので、

定期的に怒りはあります。

  

  

でも、そのときに、

うんと怒って、うんと泣いて。

しっかり感情を吐き出すので、本当に引きずらなくなりました。

   

   

あ、自分はアセンションしたんだ

と心から思いましたね。 

  

  

そして、そう思った3日後に今の夫から、

付き合ってもない状態でプロポーズをされ、

その4か月後に結婚しました。

(この話はすると長くなるので、いつか記事にしますね)

  

  

電撃結婚ですが、

4年たった今でも本当に幸せな毎日ですし、

私はこの人に出会うために

産まれてきたんだと心から思っています。

  

  

さらに、人生はどんどん加速していきました。

  

もっと広い世界を体験してみたい!と思うようになり、

結婚とほぼ同時に病院を退職して起業しました。

  

  

   

   

 

   

毒親育ちを卒業したことで得た幸せとは?

  

幸せになる方法

自分の今までの体験を元に、

潜在意識をコントロールして、

幸せな女性になるためのメソッドをお伝えするように。

  

  

有難いことに、

北は北海道から、南は沖縄まで。

文字通り日本中の方が受けてくださり、

世界からも飛行機を乗って

受講してくださる方が多く居ました。

  

  

すーずのお陰で人生が変わったよ!!と言っていただき、

私のお客様は半数が紹介でした。

ご家族で受けて頂いたことも多かったです。

  

  

労働ではなく、

自分がやりたいことをやって、

お礼としてお金を頂けるように。

  

  

家族関係も、

「ああ、私の居場所はここだ」と心から思えるようになり、

結婚してから、ずっと夫が大好きです。

大切な大切な息子も産まれました。

   

  

私が出産したタイミングは、

コロナ感染症が広まる直前でした。

医療従事者の夫は本当に大変で、

私は、ボッチ育児で本当に辛かったです。

 

   

手首や肩、背中、腰。

全てが痛いし、寝不足だし。

初めの半年は息子は、本当によく泣く子だったので、

いつも泣き声の中でご飯を食べて・・・。

  

  

そんな状態でも、

自分の感情をないがしろにしないで、

向き合うことをした育児をできていました。

  

  

その結果、子供の自我が出て、

皆が大変だというようになればなるほど、

私と息子は

コミュニケーションを取れていて、

子育てが楽しくなってきました。

  

  

周りの子供のおもちゃを取ることもなく、

お母さんとたくさん笑いあってくれ、

「すーずの息子君みたいに育ってほしい!」と

何度も言われるような親子関係を築けたんです。

   

  

私がこのように、

自分らしく生きることができ、

家庭も仕事も幸せをかんじることに成功したのは、

下記の4つの要素をただただ、実行しただけです。

  

  • とにかく自分の本音を受け止めること
  • 常に自分の味方でいること
  • 自分に感謝をすること
  • 自分の人生の主導権を握ること

これは、どこの誰にでも通じる「幸せの法則」です。

そして、毒親育ちには、特に効果を発揮する法則です。

  

  

私の場合は、過度に自分を信頼せず、

幸せになれたら儲けもの♪

くらいに思えていたのが良かったのだと思っています。

  

  

そしてさらに重要だと思うのは、

成功したいのか、

成幸したいのか

を見失わなかったことだと思います。

  

  

   

私のような毒親育ちを1人でも救いたい

これはプロフィールにも書いたことなのですが…

私はこの『毒親育ちは目を醒ます』を運営することで、

かつての自分自身のような

「自分らしく生きれない人」

「大切な人と関係を築けない人」

「いつもなんだか苦しい人」を

ブログの力によって、一人でも多く救いたい!

と思っています。

  

  

なぜなら、あんな辛くて悲しい思いが

この世からなくなってほしいからです。

  

そのための方法を私は知っていて、

たくさんの人に伝えられる能力を持っているからです。

そして、そのことが何よりも

“私の人生の目的”に直結しているからです。

  

  

さて・・・。

お気軽に書こうと思っていたのに、

とてつもなく長い自己紹介になってしまい

本当にごめんなさい。

  

  

最後までお付き合いいただいき、

本当にありがとうございます(*^^*)

  

  

このブログ「毒親育ちは目を醒ます」

自分を心から愛し、

自分らしく生きることができる人を

ひとりでも多く増やせますように。

   

   

  

潜在意識からの手紙を受けとって、自分らしく生きたい!

  

潜在意識からのメッセージ

私がそうだったんですが・・・。

いつも自分の心の本音に蓋をして生きていると、

自分が何をしたいのか、

じぶんの理想は何なのか、

わからなくなることが少なくありません・・・。

  

  

私の場合、何が突破口になったかというと、

潜在意識に完全に従ったことです。

  

  

私たちは、生まれる前に

人生で味わいたいものを決めていて、

それを存分に味わえる

両親と誕生日を選んで産まれてきます。

  

  

言い方を変えると、

名前と誕生日から

自分の人生の目的を知ることができます。

  

  

私の場合は、

名前は「つなぐ」がkeywordでした。

そして、「清く賢く自分を誉る」こと。

「感情をコントロール」できること。

  

受け取り拒否の気持ちが今もありますが、

才色兼備である自分を味わいたかったんです。

  

  

なので、自分の能力を

しっかり発揮することをがんばり、

自分の魅力を出すメイクや服装を学びました。

  

  

誕生日は、

リーダーシップをとること、

チームを作ること、

仕事で拡大していくこと

家族での感情を堪能すること

がkeywordでした。

   

  

当然と言えば当然ですが、

ある意味誕生日と同じです。

これらを、

「えー、そんなの無理だよー!」

とか、

「どうせ私なんて・・・」

と思わず取り組んだ結果、本当に人生が変わりました。

  

  

毒親育ちは、がんばりやです(*^^*)

せっかくがんばるなら、

人生の目的に沿ってがんばりをしたいですよね。

  

  

そこで、あなたの名前と生年月日を元に

あなたの人生の目的、

シナリオなどの

潜在意識からのお手紙を渡せるようにがんばりました!

詳しくは、こちらをご覧ください!

潜在意識からのメッセージ

自分らしく生きる1番簡単な方法をお伝えします!

  

  

今後提供できるように準備していること

   

幸せになりたい!!毒親育ちの卒業の仕方

  

このブログすべてでお伝えしているのが、

毒親育ちを卒業して、

心の底から幸せな人生を歩むこと。

  

  

でも、正直自分1人ではわからないことが

沢山あると思います。

そんな人のために、

1人で学べる動画講座を作ろうと思っています!

  

  

毒親育ちを卒業して、幸せをつかむためには、

① セルフイメージの改善

② 自分の認め方を学ぶ

③ 自分らしさを出せるコミュニケーションを学ぶ

④ 過去のブロックを破壊する

⑤ 人生の主導権を握る

⑥ 人生の怒りを出し切る

⑦ 悲しみを出し切る

  

が必要です。

(先ほど書いた私のプランは、

私がもともと精神科に勤めていた

潜在意識のプロだからできたものです)

  

  

これを、

一人でもわかりやすく、簡単に!

自分のペースで続けられるコンテンツをお伝えしたい!!

と思っております!!

  

  

これをしっかりできるとね、

本当に人生リバウンドなく、幸せになれます!!!

  

  

私は起業してから、

多くのメンタルトレーナーの方に会いましたが、

受講生さんの前では幸せオーラだけど、

実際は何時もプライベートが苦しい・・・。

そんなひとばかりだったんです!!

  

  

実際、私の受講生さんの半分は、

世界で活躍する方々でした・・・。

  

  

人生は大木と同じです。

枝や果物、葉っぱの手入れの方法より

大切なのは、土。

  

  

土にしっかり肥料を入れて、

自然と実りの多い木になる方法を

お伝えできるように頑張りますね(*^^*)

  

こちらも、準備が出来たら、ブログでお伝えします。

  

   

  

では、ここで終わりにします。

最後まで読んでくださったあなた、

ありがとうございます(*^^*)

  

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